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介護する側の立場で必要なことを考えてみる
私が子供の頃には、聞いたこともない言葉ですが、今の介護の現状に「老老介護」というものがあります。簡単にいうとその意味は、高齢者が、高齢者を介護する、ということです。これには、今の日本の「超高齢化社会」が深く関係していると思います。昔の時代では、子が親を最後まで世話をし、介護することが、世間一般の常識だったのかも知れません。でも今では、いろいろな家庭の事情から、高齢同士の夫婦がお互いを介護したり、超高齢化が進んでいるため、高齢の子供が、親を介護する、という形も珍しくないのです。むしろ現状はそのような介護の在り方の方が多くなっているのかもしれません。そこで今回は、介護する側に必要なことを、私がその立場になったと想像して、考えてみたいと思います。私だったら、何より「心のケア」が必要だと思います。大変悲しいことですが、たとえ自分の家族であっても、介護の疲労が蓄積し、精神的にも追い詰められ、殺人に至ってしまう。または介護する側の方が自ら命を絶ってしまう、という何とも悲しい事件も耳にすることがあるのです。このような悲劇はあってはならないことです。その背景には、誰にも介護の辛さを打ち明けられず、そして理解されず、その精ストレスが蓄積してしまったことが、大きな原因なのでしょう。切実に必要なことは、私が考えるに「一人で抱え込まず、誰でもよいので、周りの人の手を借りる」ことだと思うのです。家族が無理ならば、市町村の職員に相談したり、週に一日だけでも介護を人に任せてしまい、溜まったストレスを発散する場を設けることが必要で、最も大切だと私は思うのです。
介護に携わっていく中で必要なことを考えてみる
うちは、まだ今のところ介護する対象になる人がいません。まだ父親母親も元気です。なので、まだ人事だと思っていました。今回、母方の祖母が倒れ、しばらく母が帰っていました。その中で介護とは難しいことを痛感したといいます。まずは、自分が思っていることをそのまま伝えてあげても、通じない。自分自身でやりたい気持ちがあるので、あれこれやってあげると機嫌が悪くなる。お手伝いをどこまでしたらよいかわからなくなって戻ってきました。自分の親だからこそ、将来介護のお手伝いをしたいと思いますが、難しいことになるのですね。介護をやっていく上で必要なことは相手の立場になって考えてあげること。これは、日常やっていることではあるのですが難しいことなんですね。よかれと思ってやってることが裏目に出てしまうことがあるので、一つ一つゆっくりゆっくり介護していければいいですね。それでも、自分がいっぱいいっぱいになり負担になってきたときには、外に出ることも必要になります。少し外に出てみて、追い込まれない状況を作っていかねばなりません。またすごしやすい環境を作ってあげてここちよい空間になるようにしなければいけませんが、それがやはり難しい。でも、精一杯気持ちを伝えれば気持ちも伝わるかもしれないですね。やさしい気持ちを持つことも必要なことだと考えます。自分がもし、介護する立場になったり、もしくは介護される立場になったときに今考えていることが伝わることを祈ります。楽しく介護できるように。